メール
某ご利用者から、部下がクレーム?のようなメールをもらう。
クレームというのは、その言葉だけで、「こちらに非がないのに、相手が文句を言ってくる(いちゃもんをつける)」という意味合いを持っていると思うので、誰かからその手の話を聞いたら、「ご意見をお話頂けるのですね?」と答えるようにしている。決して「クレームですね」という言葉を使わない。
この手のご意見は、いろいろなチャンネルから、担当者に届くようになっているけど、代表的なチャンネルは以下のようになっていると思う。
①直接ご本人から聞く、②電話で聞く、③メール(手紙)で理解する、④間接的に聞く(上司部下、友達、家族から)
私自身、この中でどれが一番怖いかというと(優先順位的には一番最初に対応する)、③メール(手紙)です。
苦情や怒りを直接話したり、電話で話をするというのは、わりと瞬間的な対応で、話を聞いていれば、徐々に収まってくることが多いように感じるけれど、メールや手紙という媒体で届く場合は、
あ)相手がそれなりに時間をかけて準備をしている。
い)文章なので、論理的であることが多い。
う)お互いに話をする時は、それなりに質問が出来れば、そのわかりづらさを適度に解消できるけれど、メールなどは、どうしても説明不足になりがちで、その省かれた行間に、他のメッセージが含まれている可能性もあり、読者がそのメッセージをどのようなレベルで受け取らないといけないのか?がわからず、非常に不安になる(→状況を把握しないと、相手が望んでいることがわからない(目標違いや、タイムラグが生じる))。
え)証拠が残っても相手にメッセージを伝えたいという明快な意志があるので、その意志の強さから、今後の交渉はそれほど簡単には解決しないという相手の決意がわかる。
お)文章で聞かれたら、文章で回答することも求められていると考えるのが普通だけれど、文章で回答することは、口頭で回答するよりも気を遣うので(上司の許可も必要になるし)、時間がかかってしまう(また、その回答を読んだ相手から、つっこみを入れられる可能性が増える)。そのため、本人が望むスピードでは、解決しないことも多く、それが「回答が遅い」という新たな火種を抱えてしまう。
もちろん、すべてのメールが、このような形を取っているわけではなく、電話するのが嫌だから、メールで軽く文句を言ってみる(文章は普通だけれど、イラストで怒っていることを表すとか)という人も、最近多いような気がする。
なので、携帯メール<パソコンメール<手紙<内容証明のようになるのかもしれない。
今回は、パソコンメールでのご意見だったが、内容の一部が被害妄想的であり、ある事例をご本人の偏った思いこみで理解しようとしているように感じられた。
この手のご意見を、実際に会って言われるよりも、今回のように文章で読むほうが、ダメージが大きくなる場合があり(読者側の感受性の問題もあるが)、もし相手が「悪意」を伝えたいと考えていると、それがより伝えやすいツールだと思う。
というのも、直接会って話をする場合、あまりに衝撃的なことを言われると、人間は自己防衛のために、会話をシャットアウトするので、内容が頭に入ってこなくなるけれど、書き言葉の場合は、何度も繰り返し読むことが出来るし、行間を勝手に自分の思い込みで膨らませることが出来るので、非難するには最強のツールになってしまう。
だからこそ、私は、その人の人間的な怖さや病気レベルを感じてしまう。
今回、相談してきた部下が、すでにそのメールで精神状態がドロドロだったので(感受性が高い、性格的にやさしい子だったので)、話を私が引き継ぐことにして、そのご利用者を知っている人だったこともあり、直接話をしてみることにした。メールでの返信はせずに、電話と直接会って話を聞いた。
話を聞いてみると、その部下が考えていたほどの内容ではなく(たぶん、直接話をすることで、想像の世界(事前の脳内リハーサル)とは違う応対をすることで、徐々に相手の怒りレベルが下がってくる、もちろん失敗すればその逆もある)、ある程度お話を聞くだけで対応できる感じだったので、30分ほど聞いて、今回は無事に終了した。
もちろん相手の思い込みを、30分程度の話し合いで、正すようなことは出来ないので、思い込みに関してはある程度相手の言い分を認めて、その解釈の仕方をちょっと変えてもらうことにした。
話を聞くと、大騒ぎが好きな他のご利用者さんに最初に相談したことが失敗だったようで、その人に変にたきつけられて、あれよあれよという間に、話が大きくなってしまい、後には引けない状態になったということみたい。ある意味、無責任(に近い?)な助言に振り回されてしまったというのが真相らしい。
これ幸い!と、そのご利用者さんのケースに、自分の日ごろの鬱憤を話したりしながら、ケースを歪めてしまったようです。
ネットの掲示板などでも良くみかけるけど、最初は普通の内容なのに、他人にあおられたりすることで、変なことを思い出したり、他人の体験を自分の体験だと勘違いして、話がすごい方向に転換していくことがあります。
でも、そういう場合、真正面から意見を取り上げると、エキサイトしているので話が変な方向に行きやすいので、そういう場合は、ちょっと時間をかけて、その人のオリジナルの意見と、付け足された意見を分けて、その人のオリジナルの意見に関してコメントするようにしています(他人の意見は、別の機会に回答する)。
付け焼刃的な意見ほど、こちらからゆっくりと相手に対して「とがめないように質問をする」ことで、ご本人も、誰々さんからの意見も入っているのよとあっさり白状してくれるものです。
また近日中に相手から何か意見があるかもかもしれない。
書き言葉の怖さを知っている人は、その扱い方を学ばないと、自分の首を絞めることがあります。もちろん、こういうブログもね。
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